私にもできる!
変えられる!
と信じる仲間たちへ。

アクシスインターナショナル株式会社
代表取締役社長

中谷 公巳(HIROMI NAKATANI)

私たちの使命は
「ITで人を幸せにする」こと

01
アクシスインターナショナル
設立までの道のり

苦学の学生時代からITの可能性を語っていた

IT・通信事業会社、気鋭ベンチャー、国際通信、外資系コンサルファームと、多彩なキャリアに見られますが、中学生・高校生の頃は実家の事業の失敗から、進学は難しいだろうと思い悩んだ時期がありました。

戦後、地元、石川県小松市で鉄鋼会社を創業した祖父の事業は成功し、多数の職人が集っていたと聞きます。しかし、成功は一時のもので、投資・保証人を引き受けた知人の会社が傾いたことを契機に連鎖倒産。父の代になって焦げ付いてしまったのです。 合格通知を受け、本来、喜ぶべき大学の入学手続きにさえ入学金や授業料、かかる費用が親の負担を大きくすると悩み、そのことを言い出せず、地元で就職、社会人としての日々を過ごしました。

働きながら進学塾に通う浪人生活を経て、立教大学に合格。今度は自らの貯金と、働きながら学ぶ新聞奨学生制度を選ぶことで、大学で充実した4年間を過ごすことができました。奨学金も借りられるだけ借りました。返済義務のある奨学金は社会人になってからも長く返済していましたね。

継続することの秘訣は、やっていることを楽しむこと。 毎朝、暗いうちから配り始める新聞配達にもそれは当てはまりました。新聞配達にかける朝の2時間は、運動、語学の暗記に最適な時間です。配達後も、英字新聞、各紙面から溢れる時事情報を目にして語彙力を高め、それをもとに大学の友人たちとディスカッションするという生活を繰り返していました。 皆が面白がって聞いてくれるので、知識を仕入れたら、すぐにアウトプットする習慣が身に付きました。その手法は常に新しい情報を仕入れ、わかりやすく説明し、組織を動かす今のコンサルティングの仕事でも役に立っています。

大学3年次には、立教大学の社会人学生が立ち上げたセミコンダクター開発会社を手伝い、情報技術とプログラミングを身に付けました。私の親ほどの年齢の方でしたが、年齢差を感じさせず、おおらかに技術の楽しさを追求するという、技術者にとって魅力的な組織運営をされていたことに居心地の良さを感じていました。

私自身は覚えていないのですが、大学時代の友人によると、在学中からITの未来・可能性、技術の仕事の楽しさを熱く語っていたそうです(笑)。

がむしゃらに働けば稼ぐことはできる。しかし、孤独に…

大学卒業と同時にソフトバンクに入社。 プロフィールにあるとおり、IT最前線での仕事に邁進、会社も急成長していたので、大きな舞台も、仕事も、稼ぐ手段も身近に溢れていました。この時期に、現在保有している資格の多くを取得。技術に関わる分野には、時間とお金を惜しみなくつぎ込みました。週末、祝日、年末年始の休みを使ってIT技術者としての研鑽の日々が続きます。

そして、大型のITプロジェクトのリーダー・マネージャーとして、精神的にも肉体的にも極限状態まで挑戦。週4日、会社で寝泊まりする激務が半年以上に及び、プロジェクト完遂と同時に燃え尽き、2か月間の引きこもり生活に落ち込みます。

2005年には個人事業の延長で有限会社を立ち上げました。 しかし、慣れない営業、案件の発掘、事業継続にかかるコスト計算と見通しの甘さ、日々の生活費の確保、税金の支払いなどで、あっという間に創業資金が底をついてしまいました。結果、会社を休眠状態にして、再就職することになります。当社の設立年が2005年となっているのは、ここを起点としているからです。

エンジニアという職種は、結果に責任を持つという点でひとり一人の強い自覚が求められます。一方、それは突破力=自我の強さから、一人で事案や課題を抱えたり、仕事に偏ったこだわりを持つ危うさと紙一重の部分があります。

それは、激務を嘆きながらも、周りを頼り協力を得ることができない態度や、エゴから相談することも、情報共有することもなく、強引に物事を推し進めるといった態度に表れます。上司からは扱いづらいと見られ、同僚も寄り付かず、結果、孤立を招くことにもなります。

プロジェクトでの極限状態までの挑戦、起業で気づかされた営業、財務面での自らの短所。この経験は、一人でできることはそれほど多くないことに、気づくきっかけにもなりました。

02
社員スタッフとともに歩んで
今に至る

感動が起業の基点となり、信頼が経営の基盤になると実感

アクセンチュアでコンサルタントとして経験を積み、2007年に再び独立したことが、今に繋がっています。

再挑戦のスタートは、エンジニア・コンサルタント時代の個人的な知己、企業からの依頼で、順調な滑り出しを見せました。 ところが、大手並みの仕入れ・支払いをしながら、継続的に売上を立て、利益を残すには、まだまだ力不足でした。資金の回収もままならず、再び、金策に走る日々が始まります。

そんな折、知人の紹介を請けて、パソコンの修理業務を始めることになりました。1件あたり数千円から3万円ほどで、多い時には1日に7件ほど回ることができたので、派遣スタッフの立場でしたが日銭が稼げました。

派遣先の多くは都内の個人宅、中小企業、中には大手企業の役員宅だったり、外交官の公邸だったりしたこともありました。 インターネット利用や使い勝手で困っているといったことの相談に乗ったり、ソフトウェア、ハードウェアの故障を解決したり。大型のITプロジェクトや企業向けセキュリティサービスを提供していた私にとって、ごく簡単な対応に思えたことも、現象をわかりやすく説明し、原因と理由を丁寧に話すとなると工夫がいります。 それこそ、たとえ話や論理性、語彙力(カタカナ言葉は使わない!)を駆使すると、そのこと自体にお客様がとても喜んでくださるのです。

パソコンは、顧客それぞれが「何かを成し遂げるための手段」でした。その手段を使えるように手助けすることで、望外の喜びや感謝を頂戴できたことは、私にとってとてもうれしいことでした。 複雑で難解なコンサルティング業務に価値があるのではなく、純粋に「その人が何を求めているのか考え、誠意を込めて解決手段を提示」することが相手の心をつかむのだと気づき、仕事への向き合い方が変わりました。

会社は信用とは言われますが、起業したての会社に信用などありません。まずは、機会をくれたお客様に対して、いい仕事を見せ、感動していただくことがスタートです。

ある時は、素性不明ながら高級マンションの一室に呼ばれ、パソコンを丁寧に対応して修理したところ、「会社にある30台のパソコンも頼む、購入もよろしく。」という依頼に発展、同じように困っている知人を紹介していただきました。米系ファンド企業の代表を務める方でした。

こうして、しばらく依頼をこなすうち、「忙しければ、君のところの社員を寄越してくれてもいいよ」と言われるようになったのです。 感動が信用に繋がった瞬間です。

信用ゼロがイチになる。わが社にとっての仲間づくりの原点と雇用はこうしてスタートしました。

03
設立15年目を第二成長期の
始まりとして上場を目指す

「ITで人を幸せにする」それはすぐ近くにいる人の幸せを願うことから

人との繋がりを求めて再出発した当社は、今年2018年9月に15年目に突入しました。 アクシス-Axis-とは「軸」「座標」を意味する言葉です。 どこから来てどこへ行くのかの基軸となる存在として、国境を越え、右肩上がりに成長していく意志をロゴにしています。

当社の強みは、システム監査、ネットワーク、セキュリティ領域での高い専門性と、上流工程に関われる能力を蓄えたコンサルタント集団であることです。 今後も、コンサルティング力と技術力を掛け合わせて、次世代の社会デザインに求められるビジネスアプリケーション開発、業務自動化、セキュリティに関わる事業を推進していきます。

組織としては、先進的な技術への高感度アンテナと風通しの良さを持ち味に、スピード感をもって「ITで人を幸せにする」多様な事業に取り組んでいきます。

目標は、2020年までに年商12億円、従業員数60名、パートナー20名体制を築き、2025年までに年商25億円、従業員数120名、パートナー40名体制として、上場すること。

「ITで人を幸せにする」とは、遠くの誰かの以前に、すぐ近くにいる人の幸せを願うことから始まります。 志を共にする仲間とともに、コアメンバーに任せることは任せ、人を思い育てることを大切に歩んでいきたいと考えています。

ITで人を幸せにする